『小説の技巧』 デイヴィッド・ロッジ
- 作者: デイヴィッドロッジ,DaVid Lodge,柴田元幸,斎藤兆史
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1997/06/01
- メディア: 単行本
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- まず物語の背景となる景色や街の外観を型通りに描写するところから、映画批評の用語で言えば舞台装置の設定から入る書き出し方がある。*1
- いきなり会話の途中から入る手法。*2
- 語り手が自己紹介をして読者の注意を引くやり方。
- 自伝という伝統的な文学の形式を馬鹿にするところから入るやり方。
- 哲学的な回想から始まるもの。
- 最初の一文から登場人物を窮地に追い込んでいるもの。
- 多くの小説に見られる始まり方として、本題となる物語がいかにして明らかになったかを説明したり、それが架空の聴衆に向かって語られている様子を描く「外枠物語」を置く手法。
- 体験を語り始める様子が、名前のない語り手によって描写されるもの。
- 文の途中から始まり、欠如した部分が物語を締めくくるもの。
作者の介入
- 物語の語り方として最も単純なものは、語り手を設定するやり方。民話を語る無名の語り手や叙事詩の詩人、あるいは読者を信頼して打ち明ける、親しげな、それでいて大仰な作者の声を持つ語り手の場合もある。
- 現代小説は、登場人物の意識を通して事物を描いたり、語り自体を登場人物に完全に任せてしまうことで、作者の声を抑制しようと、あるいは消し去ろうとしてきた。
- 現代小説の中で介入的な作者の声が使われる場合、たいがいそれは作者の自意識を皮肉るという意味合いがある。
サスペンス
- サスペンスという言葉自体、「つり下げる」という意味のラテン語から来たもので、たしかに人が指先で岩壁にしがみついたままにっちもさっちもいかない状況ほどサスペンス効果を持ったものはない。
- サスペンスを持続させるためには、疑問に対する答えの提示を遅らせるしかない。
ティーンエイジ・スカース
- 「スカース」(skaz)はなかなか魅力的なロシア語で、英語風に「スキャッズ」と読めば「ジャズ」と「スキャット」を連想させる。書いているというより、しゃべっているように感じられる一人称の語りを意味する言葉である。
- アメリカの小説家たちにとって「スカース」は、イギリス・ヨーロッパの文学伝統の束縛から自らを解き放つための手っとり早い手段であった。
- その特徴は、まず繰り返しが多い。スラング表現の繰り返し。自分の気持ちの強さを誇張によって表す。
- 構文はシンプルで、センテンスはおおむね短く、複雑なところも少ない。完全な文になっていない、動詞を欠いたセンテンスも多い。現実によく犯される文法的間違いも入っている。
- 長めのセンテンスでも、ひとつの節が別の節に従属するといった複雑な構造をとることは少なく、節と節が、一見ただ思いつくままにつなぎ合わされている。
- 言葉にはつねに表面に見えている以上の意味が含まれている。*3
- 口語的な語りのリズムが精妙に操られていて、読者はそれをたやすく、楽しく読む。
- 概して原題の書簡体小説作者は、その設定に真実味を持たせるために、文通者同士を距離的に相当引き離すことを余儀なくされる。
- 書簡体小説は一種の一人称の語りであるが、普通の自伝的な語りには見られない特色がある。それは、新しい自体が生じる過程がその都度いわばリアルタイムでたどられる。
- 複数の書き手を導入できるため、同じ出来事を違った視点から、まったく異なった解釈を添えて語ることができる。
- 書き手をひとりに限定するとしても、手紙というのは日記と違ってつねに特定の読み手に向けて語られるものであって、読み手の反応が予想されることによって語りにある種の規定が加わる。したがって、レトリック的にも、より複雑で奥行きのあるものになり、不透明さの向こうから真実が伝わってくるような効果が生じる。
- 虚構の手紙は本物の手紙と区別不可能である。そこが強みである。*4
- 小説が書かれているその状況について、テクスト自体のなかで言及することは、普通ならテクストの背後にひそむ「真の」作者の存在に注意を喚起してしまい、虚構の現実感を損ねてしまうわけだが、書簡体小説の場合にはそれがむしろ現実感を高めてくれる。*5
視点
- 小説も同じ出来事に関する複数の違った見方を提示することができる。ただし、一度に提示できるのは一つの見方だけである。
- 物語を語るときに視点をどこに設定するかは、小説家の選択項目としてはおそらく最も重要なもの。*6
- 怠慢な作家や未熟な作家にありがちなのは、視点の扱い方に一貫性がないこと。
- 語りの視点を一つに限定することによって物語の鮮度や迫真性はいくぶん高まる。
ミステリー
- サスペンスの効果とミステリーの効果は物語の面白さの源泉。
- 現代の純文学作家たちは、できすぎた結末やめでたしめでたしのエンディングを敬遠して、謎を未解決のまま曖昧性のベールに包む傾向にある。
- ミステリーの効果は、絶え間なくつなげられたヒントや手がかりや錯綜した情報によって持続していくもの。
- すべてのなかで最大のミステリーは人間の心である。
名前
- 構造主義の基本的発想の一つに、記号の恣意性、つまり、言葉と言葉が指し示すものとのあいだには、何の必然的・実存的結びつきもないという考え方がある。*7
- 小説においては、名前が無色透明であることは決してない。名はつねに何かを意味する。また、登場人物の命名は、つねに人物創造の重要な要素であり、熟慮と躊躇を伴う営みである。
- シニフィアンをシニフィエにつなぎとめておくことの不可能性。
- 物と名前が交換可能だった堕落以前の神話的無垢状態を取り戻すことの不可能性。
意識の流れ
- 「意識の流れ」は、人間の頭の中で思考や感覚がつねに流れている状態を指す言葉。
- 小説はつねに経験を内在化して描くものである。「我思う故に我あり」がモットーだと言ってもいいが、小説家の「我思う」の中には、思考だけではなく、感情、感覚、記憶、空想などさまざまなものが含まれている。
- 「意識の流れ」小説は唯我論(すなわち自分自身の存在以外に何一つ確かなものはないという哲理)を文学的に表現したもの。
- この種の小説は、内面がさらされている登場人物に対する読者の共感を喚起しやすい。
- 小説において意識を描く際に主要な技法は二つあり、一つは内的独白であり、もう一つは自由間接文体である。
- 刻々と変化している生活の真っ只中にいきなり読者を引きずり込む手法は、意識を「流れ」として描く小説に典型的なもの。
内的独白
- 内的独白という手法は、ややもすると物語の進行を大幅に遅らせるのみならず、些末な事物にこだわり過ぎて読者を退屈させるきらいがある。*8
- あらゆる内的独白の中でも最も有名な、モリー・ブルームの独白。句読点なしに流れていく彼女の長い独白の出発点は、ブルームが浮気をしてきたに違いないという考察。
異化
- 「異化」とは、ロシア・フォルマリズムが編み出した貴重な批評用語の一つ、「アストラニェーニェ*9」に対して通例与えられている訳語。
- 歴史的貝がにおける女性の描き方を異化することにより、シャーロット・ブロンテは性差論と同時に芸術論を、特にメロドラマやロマンスの嘘っぽさ、めでたしめでたしの結末を懸命に排除することによって徐々に創り上げた自らの芸術に付いての議論を展開しているのである。
- 「独創的」であるというのは、大抵の場合、それは作家が前例のない何ものかを想像したということではなく、現実の慣例的。慣習的描写法から逸脱することにより、我々が既に観念的な「知識」として持っているものを「感触」として伝えたということ。
- 異化とは、つまるところ「独創性」の同義語。
場の感覚
- 場の感覚、という要素が散文芸術に加わったのは比較的最近の出来事。
- 決まり文句を用いた場の描写は往々にして、端正に整えられた平叙文ばかりが続き、物語的興味が中断されてしまうせいで、読者を眠りへと導いてしまう危険がある。
リスト
- 小説の文章というのは素晴らしく雑食的である。ありとあらゆる言説――手紙、日記、供述書、さらにはリスト――を小説は取り込んで、自らの目的に適合させてしまう。
- リストにしても、時にはいかにもリストらしく箇条書きの形そのままで再現され、それを囲む文章とのコントラストが強調されることもある。
人物紹介
- 人物を紹介する最も単純な方法は、身体的特徴を描写し、出生を要約すること。
- 現代の小説家は、登場人物にまつわる事実を、その言動によってさまざまに色付けし、ありうは実際にそれを通じて描写しながら、徐々に提示する手法を好む。
- ヒロインの身体的イメージを喚起するために手と顔を集中的に描き、残りの部分を読者の想像に任せるやりかた。
- 衣服はつねに性格、社会階級、生活様式を示す標識として役に立つ。
驚き
- ほとんどの物語には読者を驚かす要素が含まれている。*10
- はじめてひもとかれた小説は、程度の差こそあれ、たいがい読者を驚かせるようになっている。
時間の移動
- 物語の中の未来において起こる出来事を前もってちらりと見せる、いわば「フラッシュフォワード」の手法は、古典修辞学者のあいだでは「予弁法」として知られているが、これを映画で応用するのは難しい。
- 「神様は、事実上すべての人間に対し、それぞれが生まれる前から死ぬときに仕掛けるいたずらをちゃんと考えている」
- 時間の移動は、現代小説の中では普通に起こるものだけれども、たいていの場合、それを人間の記憶という形で「自然に」見せるために、登場人物の意識の流れの描写や、さらに形式的なものとしては、語り手を務める登場人物の手記や回想が用いられる。
- 語りの順序における斬新な実験の例として思いつくものは、ほとんどが犯罪や悪行や道徳的・宗教的な罪に関するもののようである。
テクストの中の読者
- 聞き手とは、小説のテクストそのものの中に読者が呼び出された存在、あるいはその代理。どのように設定されたものであれ、一つの修辞技巧であり、テクストの外側にいる実際の読者の反応を調節したり複雑化させたりするための手段にほかならない。
- モダニズム詩学のテーマの一つである「空間形式」とは、テクストの「全体を読む」*11ことによってはじめて知覚されるモチーフの相互関係によって文学作品に統一性を与えること。
天気
- 十九世紀になると、小説家たちはこぞって天気の話ばかりしているように見受けられる。*12
- 気分は天気によって左右される。したがって天気は、ジョン・ラスキンが「感傷の誤謬」と呼ぶ効果、すなわち自分の感情を自然界の現象に投影してしまう事態を引き起こしやすい。
- ジェイン・オースティンの小説に描かれる天気は、登場人物たちの意識のありようを示す隠喩的な標識というよりも、実際に彼等の社会的生活と密接に結び付いている場合が多い。*13
- ジェイン・オースティンが、ほとんど読者が気付かぬほど巧妙に「感傷の誤謬」を使ってはさらっと引っ込めてしまったのに対し、ディケンズの方は、『荒涼館』の有名な冒頭部分において、それを我々の脳天めがけて振り下ろす。→全体として見事な異化作用。
反復
- ヘミングウェイは伝統的なレトリックを拒絶した。ヘミングウェイの初期短編において、神はまさしく死んでいる。反復というものがつねに、ヘミングウェイに見られるような厳しく実証主義的な、半形而上学的な表現に結びつくとは限らないが。
- 反復することによって、一層コミカルに、アイロニカルに表現される。
- テクストのマクロの次元に属するある種の反復が、ミクロの次元に変化をつける機能を果たしたりするものである。
凝った文章
- あるテクストが別のテクストとの関係を作り上げる仕方として、パロディー、文体模倣、主題模倣、間接的言及、直接的引用、構造的平行関係など。
- 間テクスト性は英国小説の伝統に深く根差したものであり、逆に歴史の先端にいる小説家たちもそれを敬遠するどころか、現実世界をより鮮明に、より豊かに描き出すべく、古い神話や昔の文学作品を再利用するといった具合に、むしろ積極的に利用してきた。
- ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は、おそらく間テクスト性に基づいて書かれたものとしては、現代文学の中で最も高い評価が与えられ、最大の影響力を持つ作品。
- 間テクスト性は一つの先行作品だけに依拠しているわけではないし、まら構造的な平行関係に限られているわけでもない。*15
- 小説作法には、作家のみが知っている、多くの場合間テクスト性と関係する別の側面がある、それはすなわち「チャンスの喪失」である。
以下略。気が向いたら更新予定
*1:『帰郷』『インドへの道』
*2:『一握の塵』
*3:英語の不正確さも、ユーモアに成り得る。
*4:文章というものは、厳密にいえば、他の文章を忠実に模倣することしかできない。喋り言葉を再現することも、いわんや言語ではなく出来事を再現することも、きわめて人工的な営みにほかならない。
*5:書簡体小説という、元来は虚構が事実に見えるよう意図されたタイプの小説のなかで、小説家によって事実が虚構にかえられてしまうことについて主人公が文句を言うのは見事な「トリック」である。
*6:ヘンリー・ジェイムズの視点の操作は名人級の腕前。
*7:「薔薇が別の名前で呼ばれてたとしても、等しく馨しいであろう」ーシェイクスピアー
*8:この欠点を補うために、内的独白を自由間接文体やオーソドックスな情景描写と混ぜあわせ、言説の文法構造に気の利いた変化を与える場合もある。
*9:文字どおりには「異質なものにすること」の意
*10:アリストテレスはこの効果を激変(ペリペティア)と呼んだ。
*11:すなわちテクストを再読する
*12:これはロマン派の詩や絵画の影響で自然崇拝が盛んになったためでもあり、また全体として文学的な関心が個人の自我に、そして外界に関する知覚と相関関係にある感情のありように向けられるようになったため。