『こんなに使える経済学』 大竹文雄
- 作者: 大竹文雄
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/01/01
- メディア: 新書
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春に読んだ一冊。
序「経済学は役立たず」は本当か
- 食事をとる喜びは、即座に生じるけれども、太って困ってしまうというコストは、時間がたってから生じる。つまり、将来を犠牲にして今の楽しみをとるのかというトレードオフに直面している。
- インセンティブをうまく設計して、社会全体が豊かになるような仕組みを考える学問が経済学である。
- インセンティブに基づいて行動するという点を広く解釈して、さまざまな対象に応用することができるようになることこそ、経済学を学ぶほんとうの意味がある。
- インセンティブ設計で難しい問題は、情報が完全ではないということ。
- 情報が不完全である以上、効率性と平等はどこかでバランスさせるしかなく、すべて全員が満足できるような社会というのはもともと作れない。
- 「経済学は、通常、人々が経済学に期待する意味とは違う意味で役に立つ」
- 経済学の本質的な面白さは、社会の仕組みを考えることで、どうしたら人々が豊かになるかを考えること。
なぜあなたは太り、あの人はやせるのか
- 面白いことに、符号効果が大きい人(利益よりも損失に対するせっかち度が低い人)ほど、BMIが低く、肥満や痩せという現象が、異時点間での選択の違いによってある程度合理的に説明でき、医学だけではなく経済学的対策が有効である可能性を示唆している。
たばこ中毒のメカニズムを解く
- たばこを吸う人は不幸である。そしてその不幸の大きさは、驚くべきことに年収がざっと200万円減ったのと同じくらいになる。
- たばこだけではなく、ギャンブルや大量に飲酒する習慣も、程度の差こそあれ、同じように幸福度を低下させる。
- 将来の利益よりも現在の利益を重視する「せっかちな(忍耐力の低い)人」や、健康上のリスクに対して不用心な「危険回避度が低い人」が中毒になりやすい。
- 「中毒財」の特異な点は、現在の一服のおいしさが、過去にどれくらいたばこを吸ってきたかに依存すること。
- 一度「中毒財」の消費習慣が始まると、今度はそれが徐々に幸福度を下げ、再びせっかち度を上げ、「中毒財」の消費が増える。こうして「中毒財」の消費習慣と不幸の間で悪循環が始まる。
- たばこ売上税の増税がその後の喫煙者の幸福度を高めたという研究がある。
臓器売買なしに移植を増やす方法
美男美女への賃金優遇は不合理か
- 賃金の決定において、見た目はかなり大きな要素となっている。
- (英会話教師の例で)消費者が容姿で差別する場合、または容姿の良さが生産性を上げる場合*1は、容姿が良い教師にプレミアムの分だけ高く雇うことに経済的合理性が存在する。
- 容姿の情報がないのは、容姿が良くないことよりも大きな損失を生む。
学年ごとの競争は公平か
文系の大学院志願者が一時増えた理由
- 時間を稼ぐために大学院に行くなんて考えられないという人もいるだろうが、経済学的に見れば十分に理由がある行動といえる。
- 様子見で大学院に進学するのは、このうち「待機オプション」と呼ばれるケースに類似している。見込んでいた利益が上がらないという「不確実性」と投資が無駄になるという「不可逆性」。リアルオプションは、不確実性や不可逆性のリスクを回避し、収益を確実にするという経済価値を持っているのである。
出世を決めるのは能力か学歴か
- 高い偏差値の大学を出た人の年収が高いのは、その大学の教育内容が優れていたおかげで高い実力を身につけたためなのだろうか。
- 「セレクション仮説」とは、たとえば、東大に入るくらいの能力のある人たちは、仮に東大に行かなかったとしても、もとより優秀なのだから、いずれにしろ高収入を得ていただろうという仮説である。
- 単純なセレクション仮説が否定されたということは、大学が単なる偏差値による選別の装置ではなく、それぞれの歴史や伝統に由来する特徴を持つことを示唆している。
教師の質はなぜ低下したのか
- 公立校の教育の質の低下は教師の質の低下であり、教師の質が低下しているのは優秀な女性が教師を目指さなくなったからではないか。
- 全国の教員養成系学部を調べると、平均偏差値は90年代以降低下している。
セット販売はお買い得か
- セット販売のように、複数の商品を束(バンドル)にしてまとめ、一つの価格で売ることを「バンドリング商法*2」と呼ぶ。これのメリットは、別々に売るよりも一緒に売ったほうがコストを削減できる、複数の商品が一緒に購入されてこそ価値を発揮する、消費者が商品を探す手間(サーチコスト)を減らすことである。
- しかし、バンドリングはもっぱら売り手の利益を増やす使われ方をしており、消費者が損をする場合がある。
- バンドリングによって一番損をするのは、そのなかの特定の財にだけ高い支払い意思を持っている人である。
犯罪が地域全体に与える影響とは
- 窃盗犯罪の発生率が10%上昇すると、住宅地の価格は1.7%下落することがわかった。犯罪は居住者にとって大きな脅威であり、資産価値を引き下げる効果がある。
- 経済学的に解釈すれば、犯罪を防止し、安全な地域を確保する警察、司法の機能は「公共財」として位置付けられる。逆に、犯罪によって地域の安全が損なわれている状態は、いわば「負の公共財」が生じている状況であり、失われた安全のコストが地価に反映されていることになる。
- ※ボランティアの防犯パトロールは本当に意味があるのか(→強制力と暴力を持っておらず、自らの身の危険性も高い)
理論を逸脱する日本人の行動
人の生まれ月を決めるもの
- 12月生まれが多いのには、扶養控除が関係している。
- 生まれ月によって損得が発生し、親がそれに敏感に反応してしまう。
少子化の歴史的背景とは
- 義務教育の導入が、長期的には家計の教育投資を促進し、何人子どもを持つかという戦略を変化させた。
- 経済の発展途上段階では、低所得者層にとって子どもは貴重な労働力であり、学校に通わせることは家計を大きく圧迫する。これを経済学的に言えば、教育によるコストが便益を上回り、「純便益」がマイナスとなっている状況である。
- 老年世代の政治的影響力が高齢化とともに強まった。人口転換が高齢化に繋がり、人々が望む教育政策への支出割合が減少すると考えられる。
- 私立校が魅力的になり、塾などに通う必要性が高まる。こうした環境変化が家庭の負担する養育費を増やし、出生率をさらに抑制する。
- 経済の発展段階で起こる人口転換には「義務としての教育」が、成熟段階の出生率減少には「権利としての教育」が重要な役割を果たしてきた。*3
日本人が貯蓄をしなくなったワケ
- 日本の家計貯蓄率は60〜80年代半ばに限って15%を超えていただけで、日本人は必ずしも貯蓄好きとはいえない。
- 日本人がどの程度リスクに備えた行動を取るかを示す「危険回避度」と、米国人のそれとの間に有意な差はなかった。
- 「江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ」といった諺もあり、少なくとも江戸の文化は貯蓄をしない文化だった。*4
- 日本の家計貯蓄率の減少が貯蓄不足に直結するとは限らない。家計以外に政府や企業部門も貯蓄をしていて、財政再建によって政府部門の貯蓄が増えれば、家計貯蓄の減少を相殺することができる。
- 貯蓄の減少幅が投資の減少幅を上回り、日本全体の貯蓄投資差額が縮小したとしても心配する必要はない、というのもその貯蓄不足を海外からの資本流入によって補うことができるからである。日本は、貯蓄に関しては心配は無用。*5
ぜいたくが解く株価のなぞ
- 株式のリスクは、それを保有することで、消費の変動がどの程度増すかによって測るべき。
⑰銀行はなぜ担保を取るのか
- 借り手と貸手の間に情報量の差がある状況を、経済学では「情報の非対称性」が存在するといい、情報の非対称性により、企業が本来の目的であるプロジェクトの収益最大化を怠るようなケースを「モラルハザード(自己規律の喪失)」と呼ぶ。
- 担保がプロジェクトを成功させようという誘因として働く。
- 個別の誘因と全体の効率性向上が一致する状況を、「誘因両立的」と呼ぶ。
銀行の貸し渋りはあったのか
談合と大相撲の共通点とは
- 大相撲では千秋楽に7勝7敗の力士が「星の貸し借り」をする。
- 談合ではこれに似た「高い価格で入札して、わざと負ける」ことが敗者から落札者への「貸し」となる。
周波数割り当てにオークションは馴染むか
- オークションには、利用能力の情報を入札価格として引き出し、最も有効利用できる企業を選ぶ機能がある。
- 日本で周波数オークションが採用されていない理由は、利用券の価格が吊り上がれば、事業者に大きな負担となるからであろう。
不況時に公共事業を増やすべきか
お金の節約が効率を悪化させる
- 各人は他人の行動を左右できないから、生活が苦しくなると節約するしかない。その結果、経済全体でお金が回らず生産活動が滞る。これが不景気である。
- 不況とは、節約の意味をはき違えた本末転倒が引き起こす一種の人災なのである。
- 夕張市の破綻は、夕張市だけが積極策を採用したために起こった。
- 「各個人が一斉に節約すれば、全員が豊かになるどころかますます貧しくなる。逆に全員が支出を増やせば、全員の収入が増えてみな豊かになる。しかし、一人だけ支出を増やしても、他の人がそうしなければその人は破産するからそれを恐れて全員が節約に走り、全員が貧しくなる。」
- 夕張市の破綻は、この上のことが自治体レベルで起きたことである。
サザエさんの本当の歳を知るには
サザエさんの4コマ漫画では、「お姉さんの歳の数だけキャンデーをあげる」というルールを作った近所のおばさんたちが責められるべきである。このルールのもとでは、カツオとワカメは合理的。
- 「レート・オブ・リターン(利益率)方式」とは、生産に必要な費用や施設の大きさなどをまず企業に報告させ、それをベースに、その企業が「公正な」利潤を得られるように規制当局が料金を決定する方式。
- 報告された費用が低ければ低いほど、高い補助金を政府が与えるような制度を作れば、企業が嘘をつくインセンティブを減らせる。
−「ヤードスティック(物差し)方式」とは、他の似たような規模や性質を持つ企業の費用をベースに料金を設定する方式。
「騒音おばさん」を止めるには
- 中国の公害問題の深刻化が、酸性雨が降るなどの悪影響を日本にもたらす場合、中国が自らのお金で公害防止装置を付けるべきなのか、はたまた日本がその費用を持つべきなのかという議論になる。
- コース定理の面白さは、感情論に縛られず、最終目標を達成する方法を、私たちに考えさせてくれる。
相続争いはなぜ起こる
- 日本人は利己的であり、自分のことしか考えないと仮定すれば、相続争いが起こることを説明できる。日本人は米国人よりもはるかに利己的。
- もし人々が利己的であれば、後世の人々が負担しなければならない増税のことは気にせず、長期国債の発行によって賄う減税が実施されたら、減税が景気刺激策として有効となる。
- 人々が利己的であれば、親が子に残す財産に対して何らかの見返り(たとえば、老後における経済的援助、介護、世話など)があり、その見返りの金銭的価値を差し引けば、親から子への移転が正になるとは限らない。
- 人々が利己的だと、相続争いが起きるといったデメリットはあるが、景気刺激策が有効となり、経済の安定化を図ることができ、さらに資産格差が代々引き継がれるおそれがなくなるという意外な利点もある。
長いメモになった。自分でもなんでメモしたのかわからない部分があるが、まぁそれもいいだろう。
*1:容姿が良い教師だと生徒のやる気が出て、実際に生徒の英語能力が上がる場合
*2:抱き合わせ販売という方が馴染みがあるかもしれない
*3:老人には申し訳ないが、未来の日本のために死んでもらうしか方法はないというのだろうか
*4:人口の年齢構成と貯蓄率を関連付ける経済理論として、「ライフサイクル仮説」がある。この仮説によれば、人々は若い時働いて所得を稼ぎ、老後の生活に備えるために所得の一部を貯蓄する。そして、とったら退職し、それまで貯めた貯蓄を取り崩すことによって生活を賄う。
*5:?????????
*6:この辺はいろいろな本を読んでいくなかでいろいろわかったことがあるのだけど、まぁこの本のこの節の部分を書いている人の姿勢そのものは正しいなぁと思うところではあった。
*7:人間が、いくつか特徴的な出来事によって全体の傾向を判断してしまうために、謝った認識を持ちやすいこと